カウンセリングサービスの青山リナです。
好きな人ができて、その人とお付き合いできるようになって、毎日がHappyで人生バラ色です!
なんて楽しめる人もいれば
同じように好きな人ができて、その人とお付き合いできるようになったんだけど、なぜか毎日がHappyでバラ色ではなく、今度は、
いつこの人は私を嫌いになるのだろう?
いつこの人は私に愛想つかすのだろう?
いつ私はこの人に捨てられるのだろう?
なんて、幸せなはずなのに、楽しい毎日のはずなのに、そんな不安でいっぱいになってしまって、毎日が緊張ばかり、挙句、大好きだったはずの彼と、もう一緒にいるのがしんどくて苦しくて、会わなくてもいいや…って会う頻度、一緒にいる時間が短くなっていってしまう。
そんなことがあったりします。
なんでこんなことになっちゃったんでしょう。
例えば、私と彼の立っている位置が10mくらい離れているとします。手を伸ばしても全然届く距離なんかではありませんよね。10m先からだと、ちょっと目の悪い人ならハッキリ顔もわからないかもしれません。遠いからこそ、相手がよく見えない(見えづらい)のですが、口元に食べこぼしが付いていたところでわからないかもしれませんよね。
私と彼の間が5mくらいの立ち位置になってくると、ちょっと近づきました。顔もある程度ハッキリわかる距離ですよね。
3mの間隔になってくるとお互いが頑張って手を伸ばしたらギリギリ手が触れられるか触れられないか、そんな距離になります。
私と彼との距離が1mになったら…結構近いですよね。相手の身体に触れることができる距離。顔もとってもよくわかります。ここに食べこぼしが付いているよ、なんて指摘されちゃうくらいよく見える距離。
もっと近づいて、私と彼との距離が50cmになったら、もしかしたら、顔の毛穴まで見えてしまうかもしれません。ファンデーションにムラがあるところまでしっかり見られてしまうかもしれません。
こうなってくると、自分が、毛穴だとかファンデーションのムラだとかを全く気にしていなければ全然問題無いんですよね。
でも、毛穴が見られるなんて恥ずかしい。こんな私は醜いわ。とか、ファンデーションにムラがあるなんてダメよ。みっともないわ。なんて思っていると、彼にそんな自分を見られることを極度に嫌います。見られてしまった日には、私は醜いと思われるに違いない、私は嫌われるにちがいない、私は捨てられるに違いない、と感じてしまうかもしれません。
今は外見のお話をしましたが、心も同じように、自分の存在を悪い存在、だとか、ダメな存在、と感じている気持ちが強ければ強いほど、彼との心の距離を縮めることを無意識的に拒否したくなります。
実際の行動としては、彼の前でオドオドしてしまうような行動になったり、卑屈な態度を取ってしまったり、逆に彼に対して何故か優しくできない、怒っている自分ばかりをぶつけてしまったり、なんてことをしてしまうことがあります。
自分が悪い存在、自分がダメな証拠を見つけだすような行動を取ってしまう、ということです。
そんな自分の心をひも解いていくと、心の傷があちこちにあることを発見されるかもしれません。
私たちは過去の痛みや苦しみ、心の傷をそのまま放置しがちで、するとそこにまた触れたくないがために、一生懸命蓋をしようとします。
でも、自分の潜在意識はちゃんとそこに傷や痛みがあることを知っているので、ずっと違和感を抱えたまま、表面意識では幸せになりたいと思っていても、なぜか起こる出来事は幸せとは違う方向に向いてしまうのです。
隠れている心の痛みや傷は、少しずつ癒していくと良いと思うのです。全部一気にやろうと思わなくても、少しずつ、痛みが少ない方法で、癒していくのが一番良いと、私は思うのです。
ただ、心の傷や痛みに触れたくないがために、不安や怖れが大きくなってしまった時、そんな時は、ちょっと立ち止まって、見てみて欲しいと思うのです。目の前にいる人を。
その人は、あなたを傷つける人ですか?
それとも、あなたを愛したい人ですか?