リーダーが感じる罪悪感の正体と、優しさの守り方

リーダーという立場に立つと、時々、避けて通れない場面があります。

誰かを選ぶ。
誰かに任せる。
誰かをチームに迎える。

そしてその一方で、誰かを選ばない、という選択が伴います。

選ばない決断をした、その相手のやる気がないわけではない。
その人に価値がないわけでもないんです。

それでも、全体のバランスや、その場に必要なものを考えたときに、今回は一緒に進むことができない。

そんな判断をしなければならないことがありますよね。

頭ではわかっているのです。

「これは必要な判断だった」
「全体を考えたら、この選択でよかった」
「誰かを否定したわけではない」

そう思っていても、
心のどこかが引っかかる。
なんとなく気になる。
少し気が重たい。
申し訳ないような、落ち着かないような気持ちが残る。

これって、何なのでしょうか。

罪悪感なのでしょうか。
それとも、責任感なのでしょうか。
もしかしたら、自分が冷たい人間になったような感覚なのでしょうか。

そんなリーダーの抱える孤独感について、今日はお話してみたいと思います。

今日もお越しくださりありがとうございます。
カウンセリングサービス・心理カウンセラーの青山リナです。

もうこれ以上ワタシ(自分)の幸せを先延ばしにしない!
ワタシを幸せにする心理学

今日も必要な方に届きますように。

目次

その痛みには、罪悪感が混じっている

私はこれは、かなりの確率で罪悪感が混じっていると思うのです。

でも、単純に「悪いことをしたから苦しい」という罪悪感とは少し違います。

もっと繊細で、もっと複合的なものなんですよね。

たとえば、

誰かの期待に応えられなかった痛み。
その人の居場所を閉じたように感じる痛み。
自分が選ぶ側、決める側に立ってしまった居心地の悪さ。

そういうものが、いくつも重なっているのだと思います。

リーダーは、ただ指示を出す人ではありません。
人を動かす人でも、場を仕切る人でもありません。

本当の意味でリーダーになるということは、
誰かの希望を叶える側であると同時に、誰かの希望を叶えられない側にもなる
という側面があるのだと思うのです。

人を預かる立場の人ほど、抱えやすい悩み

たとえば、会社なら、

この人に活躍してもらおう、光を当てよう、と明るい方向を見た時に、
反対側の陰になる部分がどうしても出てくるんですよね。

「この人を採用しない」
「この人を昇進させない」
「今回はこの人には任せない」
「このチームには入れない」
「希望通りにはできない」

そんな判断をすることがあります。

経営者、管理職、人事、プロジェクトリーダー、講師、主催者。
人や場を預かる立場にいる人ほど、こういう場面に出会います。

そして、人の気持ちがわかる人ほど、ここで苦しくなります。

相手の期待もわかる。
頑張ってくれたこともわかる。
勇気を出して手を挙げてくれたこともわかる。
がっかりするだろうな、というのも想像できる。

でも、だからといって、それだけでは採用できない。

そんな葛藤や切なさ。
切ない、と感じたくない場合、煩わしい、と感じるかもしれません。

ここで起こるのは、
個人への情と、全体への責任の板挟み
です。

これが、リーダーのしんどさなのだと思います。

優しい人ほど「傷つけたくない」と感じる

優しい人ほど、こう感じます。

「相手を傷つけたくない」
「私の判断で落ち込ませてしまったらどうしよう」
「嫌われるかもしれない」
「冷たい人だと思われるかもしれない」
「仲間外れにしたみたいになっていないかな」
「否定したように受け取られていないかな」

でも、ここで大切なことがあります。

罪悪感があることと、判断が間違っていることは別です。

ここを混同してしまうと、とても苦しくなります。

「こんなに気になるということは、私の判断が間違っていたのかな」
「申し訳なさがあるということは、やっぱり受け入れるべきだったのかな」
「相手を傷つけたかもしれないなら、私が悪かったのかな」

そんなふうに、自分の判断そのものを疑い始めてしまう。

でも、そうとは限りません。

心が痛むのは、判断が間違っていたからではなく、
相手を大切に思う気持ちと、全体を守る責任がぶつかっているから
かもしれないのです。

リーダーに必要なのは、全員を傷つけないことではない

リーダーや管理する立場で本当に大事なのは、
全員を傷つけないことではなく、全体に対して誠実であること
です。

これは少し厳しい言い方に聞こえるかもしれません。

でも、誰も傷つけない判断なんて、ほとんどありません。
全員が納得する選択も、そう多くはありません。

誰かを選ぶということは、同時に、誰かを選ばないということでもあります。

誰かに任せるということは、同時に、別の誰かには今回は任せないということでもあります。

誰かの希望を叶えるということは、別の誰かの希望に応えられないことでもある。

リーダーは、その現実を引き受けなければならないのです。

けれど、それは冷たくなるということではありません。

むしろ、本当に成熟したリーダーは、心を痛めます。

心は痛める。
でも、判断はブレさせない。

この両方を持つことが、リーダーには求められるのだと思います。

優しさだけでは、場を守れないことがある

「この場にとって何が必要か」
「この企画を守るにはどうするのがいいか」
「今のメンバー構成で本当に機能するか」
「本人にとっても、その場所が本当に合っているか」
「今このタイミングで迎えることが、全体にとって誠実なのか」

そういう視点で、決めなければならないことがあります。

そこに個人的な情が入ることもあるでしょう。
申し訳なさが出ることもあるでしょう。
できることなら、みんなを受け入れたいと思うこともあるでしょう。

でも、優しさだけで判断してしまうと、今度は場全体が苦しくなることがあります。

誰か一人への配慮が、他のメンバーへの不誠実になることもあります。
その場に必要な軸がぼやけることもあります。
本来守るべきものを、守れなくなることもあります。

だからこそ、リーダーには境界線が必要なのです。

境界線は、相手を否定することではない

「あなたのことを否定しているわけではない」
「あなたに価値がないと言っているわけではない」
「ただ、この場のこのタイミングでは違う」

そういう線引きです。

でも、この線引きが優しい人ほど苦手です。

なぜなら、心のどこかで
「線を引くこと=相手を拒絶すること」
のように感じてしまうからです。

「今回は違う」と伝えることが、
「あなたはいらない」と言っているように感じてしまうんですよね。

でも本当は、そうではないんです。

その人の人格を否定したわけではない。
その人の価値を下げたわけではない。
その人に居場所がないと言ったわけでもない。

ただ、
この場の、このタイミングの、この条件では違った
というだけなのです。

ここを分けて考えられるようになると、罪悪感に飲み込まれにくくなります。

「私は何をしてしまった気がしているのか?」と問いかける

もし、リーダーとして誰かを選ばない判断をした後に、心がざわつくなら、自分にこう聞いてみるといいかもしれません。

私はその人に、何をしてしまった気がしているのだろう?

傷つけた気がする。
否定した気がする。
仲間外れにした気がする。
価値がないと言ったみたいな気がする。
期待を裏切った気がする。
居場所を奪った気がする。

そう感じているのかもしれません。

でも、実際にしたことは何だったのでしょうか。

その人を否定したのでしょうか。
傷つけるために決めたのでしょうか。
排除したくて線を引いたのでしょうか。

おそらく、そうではないはずです。

実際にしたことは、
その場の条件やバランスを見て、今回は一緒に進まない判断をした
ということなのだと思います。

ここには、大きな違いがあります。

心の中では、相手を傷つけたように感じている。
でも現実には、全体を守るために必要な判断をした。

このズレがあるから、苦しくなるのです。

自分の中の「選ばれなかった私」が反応していることもある

そしてもうひとつ、深いところで起きていることがあります。

それは、リーダー自身の中にある
「選ばれなかった私」
が反応している可能性です。

誰にでも、過去に選ばれなかった経験があります。
仲間に入れてもらえなかった経験。
認めてもらえなかった経験。
期待したのに届かなかった経験。
自分だけ外側に置かれたように感じた経験。

そういう記憶がある人ほど、誰かを選ばない側に立ったときに苦しくなります。

相手の痛みを想像しているようで、実は自分の中の古い痛みにも触れているのです。

「あの人は傷ついたかもしれない」
と思うと同時に、心の奥では
「私も、選ばれなかったとき苦しかった」
という記憶が動いているんですね。

だから、ただの判断のはずなのに、必要以上に重く感じることがあります。

これは、リーダーとして未熟だからではありません。
むしろ、人の痛みに鈍感ではないから起きることです。

ただし、その痛みを理由に判断を変え続けてしまうと、リーダーとしての軸が揺らぎます。

罪悪感で判断しない。でも、罪悪感が出る自分を否定しない

だから大切なのは、罪悪感を消すことではありません。

罪悪感で判断しないこと。 でも、罪悪感が出るほど人を大切に思える自分は否定しないこと。

これが、とても大事なのだと思います。

申し訳なさを感じてもいい。
心が痛んでもいい。
相手のことが気になってもいい。

それは、あなたが冷たい人ではない証拠です。

でも、その気持ちがあるからといって、

すべてを受け入れなくてもいいんです。
自分の判断を間違いだと決めつけなくてもいいんです。
全体への責任を手放さなくてもいいんです。

リーダーになるとは、「いい人」を手放すことでもある

リーダーになるということは、
いい人でいることを手放して、責任ある人になること
でもあります。

これは、嫌な人になるという意味ではありません。
冷たくなるという意味でもありません。

優しさを持ったまま、境界線を引くことができる人。
相手を大切に思ったまま、今回は違うと決められる人。
心を痛めながら、それでも場を守れる人。

それが、リーダーの成熟なのだと思います。

選ばれる側にいたときは、
「選ばれない痛み」を感じます。

でも、選ぶ側に立つと、
「選ばない痛み」を感じます。

どちらも痛いのです。

けれど、選ばない痛みを感じられる人は、人を雑に扱わない人です。
相手の気持ちを想像できる人です。
だからこそ、苦しくなるんですよね。

その苦しさは、あなたが間違っている証拠ではありません。

それは、
人を大切にしたい気持ちと、場を守る責任のあいだで、ちゃんと悩んでいる証拠
です。

リーダーの孤独は、見えない葛藤を抱えて決めること

リーダーの孤独とは、こういうところにあるのかもしれません。

誰かに説明しても、なかなかわかってもらえない。
外から見れば、ただ決めているだけに見える。
でもその内側では、たくさんの葛藤がある。

相手の気持ち。
場のバランス。
全体の目的。
他のメンバーへの影響。
自分の判断への不安。
そして、自分の中にある古い痛み。

それらを抱えながら、それでも決めていく。

だから、リーダーは孤独なのです。

でも、その孤独の中で心が痛むなら、こう思ってもいいのではないでしょうか。

私は、誰かを傷つけたいわけではない。
私は、誰かを否定したいわけではない。
私は、ただ、この場を大切にしたかった。
この場に関わる人たちに対して、誠実でありたかった。

そして、今回はそういう判断をした。

優しいままでも、選んでいい。
申し訳なさを感じながらでも、決めていい。
相手を大切に思いながら、今回は違うという判断をしていい。

それは罪ではありません。

それは、責任を持つ人が通る痛みなのだと思います。

苦しみやしんどさが晴れないとき

とはいえ、頭では理解しても、心のモヤモヤはなかなか消えない、ってこと、あったりするんですよね。

私たちって、頭と心が別々の働きをすること、よくあります。

まずは理解して、心は動かしたときにスーッとすることが多いです。

心を動かしに、カウンセリングを試してみてください。
お話だけではなく、感情を動かすセラピーなども取り入れながら、ずっと考えても考えても変わらなかったモヤモヤが晴れるお手伝いをしています。

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